自分を顧みているつもりがただ自分をいじめていた
私は今まで人生で悪いことが起こったらよっぽどなことがない限り自分のどこに落ち度があったのかなと考える癖がありました。まず自分の悪いところを振り返ります。例えば誰かとちょっと険悪な感じになったら僕が言ったなにかが悪かったのかなとか。 車を運転していてぶつかりそうになったら自分がちょっと危ない運転してたかなとか。
かなりの確率で自分の非を探していました。たまに自分の事を棚に上げて人を批判ばかりする人が居ますが私は全く逆のパターンです。 成功体験が少なすぎて、自分に自信がなかったのでしょう。
それが積み重なって自分の人生がただの失敗ばかりの人生に見えていました。
自分の中では自分を反省しているつもりだったんですがひたすらストレスが溜まっていました。しかし人間が成長するにはしかたないと思っていました。
結果的に何が起こったか。ストレスと劣等感で人と会うのが億劫になり自分の殻に閉じこもり前よりもどんどん活動の範囲が小さくなりました。人生が失敗だらけな気がして今度何をやってもうまく行かないと思っていました。しかも直した方がいいとはわかっていてもそれに対して行動したわけでもありません。原因を追究するのはいいですけど行動しなかったら何も変わりませんよね。
自分のことで反省しているつもりがただ自分をいじめている可能性がある
ここで最近ようやく気づきました。自分はただ自分をいじめてただけだと。この発見は本当に自分のなかでは大きい出来事だったんです、何か大きい霧が目の前から無くったような視界が綺麗になったんです。 いつも何が悪かったのか考えてそれを改善するところまで行きませんでした。 自分のせいだったんだ、自分の生まれ育ち、環境がこんな性格をつくってしまったからしょうがないだなどです。
こうやって考えることが一番自分にとって都合が良くて簡単で心が落ち着く気がしていたんです。でもただ現実の問題から目を背けていただけだったんです。 その方が簡単で一瞬納得した気になっていたんです。
結局現実的に何を改善しなければいけないのかを考えなければ自分は成長しないし変わりません。そこから逃げたら何も変わらないです。
今後への活かし方
うつ病みたいな症状はずっと続いていましたがすこしでも生活リズムを変えることを意識しています。毎日少しでも早くベッドに行く、食べ過ぎないようにする、時間を守るようにする。依存症から抜けれるように気合じゃなくて科学的で現実的なアプローチをしてみる。何か不幸なことがあったとしても自分が何かを変えるべきなのか自分がコントロールできないから無視するのか見極めるなど。
過ぎ去った過去にとらわれて自分を責めることを少しでもやめて今何ができるかを考えて生きるようにしています。 最終的にはみんなが知っているような生活の基本が大事だと思います。それに加えて自分はいくつかの依存症があるのですこしづつ脱出できるように毎日の生活で行動をしています。
今は時々人生が絶望的に見えたりしますけど、神様と共に一歩づつ変えて行こうと思います。


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